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スワジランド(Swaziland) .sz

首都 ムババネ (2 万) (Mbabane)

 アフリカ南東部の内陸国; 公式名 スワジランド王国, 1,104,343人(2001)、国土面積 17,363 km2スワジ族 90%, ほか黒人諸部族 6%. 公用語: Swazi, English. 宗教: キリスト教, 土着信仰. 通貨: lilangeni.
 10万年も前の人類の遺物がこの地で発見されているそうですが、ここに今住んでいる人々は15世紀から16世紀にかけてズールー族 Zulu、エクゾサス族 Xhosasなどともに中央アフリカから移住してきた南部バンツー族 Bantuのングニ支族 Nguniだということです。ングニを率いていたのがングワネ Ngwaneで、スワジ人の祖先は、そのまた支族のンコシ・ドラミニ Nkosi Dlaminiたちだということです。
 スワジランドの国名は後の Mswati一世から来ているそうですが、ングワネも別名としてあり、Dlaminiは王家の家名
になっています。スワジと Mswatiが同じというのは奇異な感じもしますが、参考にしたのはスワジランド政府のホームページです。Mの音はほとんど発音されないのでしょう。ンコシは王という意味です。アフリカでは、「ン」で始まる単語がたくさんあるようです。シリトリをしたら、いつまでも終わらないかも知れません。今も、王家は続いていますが、変わっているのは国家の首長は王で、1986年から Mswati三世ですが、伝統的の王の母と共同統治になっていて、王は行政の長であり、母が国家元首を務めます。王は首相を任命しますが、議会の65議席のうちの一部、多分 10議席は王が指名するようです。
 08/01/31 このところ、アフリカの首都名の由来を求めてくる人が多いのですが、ムババネは何だか鋭く苦いもので、かつての酋長の名前だとかいいますが、実際のところは学者もよく分からないようです。
 もともとは今のモザンビークのマプト付近に定住したようですが、原住の部族とあつれきがあり、1750年頃、北のズールー族の地に移り、そこでまた、ズールー族に追われて1800年代に今のスワジランドに移り住んで、1840年頃に国として確立したようです。そのときのリーダーが Mswati二世です。
 Mswatiの治世の始め頃、白人がやってきて、南アフリカにいたイギリスにズールー族に対抗するための援助を求め、1894年から南アフリカがスワジランドの利益代表となりました。1881年には一応独立を認めたようですが、土地、資源関係については法的に南アフリカの統治下にありました。1899年、第二次ボーア戦争が始まるとイギリスが保護領として、独立の話はおしゃかになりました。
 1963年にイギリスが独立のための憲法のひな形を作り、1964年はスワジ人の気に入るように修正して憲法が制定され、1967年には選挙が実施されるようになりました。その後
、憲法は数回改定され、一時は王が議会を解散して全権を握り、1979年に一部は王が直接指名する形の選挙が行われました。その王が死去すると、幼い王はイギリスに留学し、皇太后が全権を握ったりしましたが、1986年に Mswati三世が帰国して即位しました。民主化を求める抵抗運動もありますが、今のところ、話し合いでうまく折り合っているようです。
 国旗の青は深く澄みわたる空と平和を、黄は豊富な鉱物資源を、赤は自由の為の闘争を象徴する。中央はスワジ人戦士の盾と槍や、青い天人鳥の羽を付けた王の笏(しゃく)などで、盾の白と黒は牛の皮を表わす。2本の槍と棍棒などとともに、主権を侵害する敵には断固として戦う強い意志を表わしている 、ということです。
駐日スワジランド大使館(外務省のページで住所がわかるだけです。)
スワジランドの文化村
スワジランド王国のアクセサリー・ティンサバ
スワジランド政府 →アフリカの地図

↓スワジランドの地図